幸町IVFクリニック

院長

体外受精児の知的障害リスク

2019.06.20

幸町IVFクリニック院長 雀部です。

生殖医学の世界は日進月歩です。新しい知見が続々と論文発表されています。それら新しい知見に常にアクセスして、日々の診療に取り入れていくのも我々の重要な仕事のひとつです。

このブログでは、私が普段読んでいる論文の中から、妊娠を希望されているご夫婦が興味を持てそうな話題、またはぜひ知っておいてもらいたい知見などを、私の独断と偏見で選んで紹介しています。正確を期するため具体的なデータを載せていますが、苦手な方は飛ばして読んで下さい。

今日は体外受精児の知的障害リスクの話です。知的障害とは、18歳までに起きた知的発達の遅れにより、社会生活に適応する能力に制限がある状態です。その知的障害と体外受精などの生殖医療との関連を調べた論文を紹介します。

Hansen, M., et al. (2018). “Intellectual Disability in Children Conceived Using Assisted Reproductive Technology.” Pediatrics 142(6).

西オーストラリアで実施された研究です。

1994年~2002年の間に生まれた子供のうち、少なくとも8年間の追跡調査を行った210,627人が対象です。知的障害の発症率を、生殖補助医療による子供と生殖補助医療以外の方法による子供の間で比較しました。

その結果、生殖補助医療による子供は、生殖補助医療以外の方法による子供と比較して、知的障害のリスクがわずかに増えることがわかりました(リスク比1.58、95%信頼区間1.19-2.11)。単胎児に制限しても、同様の結果でした(リスク比1.56、95%信頼区間1.10-2.21)。

統計的に推定した知的障害のリスクは、非常に早い時期の早産(一般には32週未満)、重症の知的障害、顕微授精において2倍以上でした。

顕微授精の症例において、体外受精の症例と比較して、大きく知的障害のリスクが増加し、知的障害の原因となる既知の遺伝的素因を持っている傾向にありました(27.9%、体外受精12.9%、生殖補助医療以外11.9%)。

多くの国において、早産につながる複数胚移植が日常的に行われていること、顕微授精の適応率が高いことに対して警鐘を鳴らす結論でした。

ここまで読んで、「生殖補助医療をやると知的障害のリスクが上がる」と早とちりしないようにして下さい。

生殖補助医療を受けるご夫婦の集団と受けない集団では、集団の性質が異なります。そして、年齢・妊娠歴などの背景条件を揃えたとしても、完全に集団の性質の差を取り除いたことにはなりません。つまり、この研究で認められた有意差は、「集団の性質の差に起因する可能性」と「技術自体に起因する可能性」の両方を考える必要があり、どちらかは結論が出ていない状態です。

純粋に「技術自体に起因する可能性」について検討したければ、同一の背景を持つ集団をランダムに2群に振り分けて、生殖補助医療を行って妊娠するグループと生殖補助医療以外の方法で妊娠するグループで比較するしかありませんが、現実にはほぼ実現不可能に近い研究になってしまいます。

「技術自体に起因する可能性」が否定できていない状況下で、我々はどのように対応すればいいのか?現実的な対応として、

①目先の妊娠率に惹かれて、複数胚移植を行わない
②受精しないと不安だからというだけで、適応のない顕微授精をやらない

この2点はぜひとも心掛けていただきたいと思います。

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