改良を重ねた独自の培養技術
当院では患者さんの妊娠を技術的に支えるために、これまでの多くの症例や経験によって得た知見を基に、特殊な機器や設備を当院独自のプロトコールで積極的に活用しています。
これらの特殊な機器を用いることで、一般的な体外受精では得られない胚の詳細情報が得られ、患者さん全体の妊娠率向上はもちろん、上手くいかなかった場合でも、医師が患者さんの体外受精・顕微授精全体をより詳細に把握することで、より精密に個々の患者さんにフィットした治療法や卵巣刺激法を検討することを可能にしています。
1.顕微授精は「必要な卵にのみ」行うために
精子にやさしい精液処理法
ご主人に採取していただいた精液は、そのまま体外受精や顕微授精にもちいることはできません。精液から形がきれいで、活発に動いている精子のみを取り出す必要があります。そのために、従来は遠心分離やスイムアップ(自力で泳いで上がってくる精子のみを回収する方法)などの方法が広く行われてきました。
しかし、これらの方法は、精子の物理的なダメージ、精子DNAの断片化(DNAが断裂してしまう)、活性酸素の発生、技師の練度によって結果がばらつくなどの問題点が指摘されてきました。
また、精子のDNA断片化や活性酸素への暴露は流産の原因になるとの報告もあり、特に体外受精よりも顕微授精を行った場合に強い影響を受ける傾向を認めることが報告されています。
これは顕微授精で精子を選択する際に、「見ため上で正常に見える」というだけでは正常精子を選択する根拠としては不十分だということ示唆しています。
これらの問題点を解決する方法として、マイクロ流体力学を応用した精子選別法が考案されました。
この方法は、遠心分離や攪拌など複雑な操作を行わないので「精子にダメージを与えない」、「DNAの断片化が起きにくい」(右図)(下図)、「活性酸素が発生しにくい」などのメリットがあり、質の良い精子を用いて体外受精を行うことで流産予防や妊娠・生産率の向上が期待できます。また、「技師の技術力に頼ることなく均一な結果が得られる」、「人為的過誤の予防」といった効果もあります。
未処理区や遠心分離剤の使用区、スイムアップを施行した実験区に比べて、ZyMot区(右端)で回収された精子はほとんどDNAの断裂を起こしていないことがわかります。
レスキューICSI(レスキュー顕微授精)
レスキュー顕微授精(Intracytoplasmic sperm Injection;以下ICSI)とは、通常の体外受精(Conventional IVF;以下c-IVF)を行ったにもかかわらず受精が成立しなかった場合に、追加でICSIを行って正常受精卵を得る技術です。
体外受精-胚移植法での授精法は、ほとんどは精子の所見によって決定します。精子の所見が良好で自力で受精できる見込みが高ければc-IVFを、見込みが低ければICSIを選択します。しかし、見かけ上の精子の形態や運動性が良好にもかかわらず、実際には受精する力が弱い、もしくは全くない精子も存在します。
また、これまでに受精歴や妊娠歴があるにもかかわらず、急に受精不良を起こすこともあります。このような受精不良が起きるかどうかは、事前にどれだけ精密な検査を行っても完全には把握できず、最終的には実際にc-IVFを行ってから初めて判明します。
もし、全く受精卵が得られなければ、その後の治療がすべて進まなくなってしまう・・・。
そのような事態を避けるために、splitといって全体の半数の卵にICSIを行う施設や、精子の所見にかかわらずすべての症例でICSIを行うといった施設もあるようです。
当院ではこういった状況に対応するため、レスキューICSIを積極的に行っています。レスキューICSIは、事前には予想不能だった突発的な受精不良に即応できるため、心配だからという理由だけでICSIを選択する必要がなくなります。
また、精子の所見はあまり良くないもののできるだけ自然な受精を目指したい、精子に自力で受精する能力があるのか確認したいというご要望に対しても、受精しなかった場合のバックアップとなり非常に有効な技術です。
ただしレスキューICSIは、いちどc-IVFで精子に暴露されているため、受精の有無を正しく判定しないと人工的に異常受精を起こしてしまう危険性があります。そのために技術行程も多く経験や知識、特殊な機器も必要になる技術です。一般的には保険をかけたc-IVFよりも最初からICSIを選択する方がはるかに簡単なため、臨床で有効に行われている施設は実際には多くありません。また、レスキューICSIは運用も様々で、当院のように卵1個単位で積極的に行う施設もあれば、全く受精しなかった場合にのみ行う施設、「念のために」行う施設など、施設の考え方や技術力が大きく反映される技術です。当院では、体外受精で全く受精しなかった場合だけでなく、一部に受精が確認されても未受精卵が1個でもあれば、積極的にレスキューICSIを施行します。
当院では、通常のc-IVFやICSI、さらにレスキューICSIを適宜組み合わせることで、「必要な卵にのみICSIを行う」ことができ、かつ卵子を回収できた周期当たりの正常受精卵の獲得率は40歳以下で約94%、40歳以上で約89%と高い水準を維持しています。つまり1個以上の卵が採卵できれば、約9割の方が正常受精卵を得ることができています。
レスキューICSIを行った場合は、その卵が胚移植または凍結胚の対象になった場合のみコストが発生します。
受精の反応が起きた卵
受精の反応が起きた卵は、第2極体が放出され、紡錘体が卵細胞から第2極体の中に引っ張り出されているのが判ります。(Fig1-1、Fig1-2)
精子が卵細胞の中に頭部を侵入させているのが観察されることもあります(Fig1-3)
受精の反応を認めない卵
受精の反応が起きた卵のFig.1-1で認める第2極体が放出されておらず、Fig.1-2で卵から引っ張り出されている紡錘体はまだ卵細胞の内側に留まったままでいるのが判ります。(Fig2-1、Fig2-2)
2.紡錘体可視化装置を用いた精密度の高いICSI
当院ではICSIの際に、紡錘体可視化装置を用いて卵子の紡錘体の位置や成熟度を確認しながら実施しています。
紡錘体とは、染色体(遺伝子の集まり)を中心に配置したラグビーボールの様な形の構造体で、卵子の場合は細胞表面の直下に存在しています。ICSIの際にこれを傷つけてしまうと正常に受精しない、正常に発生しないことが懸念されるため絶対に傷つけてはいけないと考えられています。従来は、卵子の紡錘体は、第1極体の直下・近傍にあり、この位置を外してICSIをすれば、紡錘体を傷つけることはないと考えらえてきました。しかし、実際に紡錘体を観察できる装置が開発されると、意外にもICSIの際に推奨されている穿刺部位にも紡錘体が位置している場合があることが判ってきました。
また、従来では第1極体が放出されていれば、卵子は十分に成熟していると考えられてきましたが、実際には極体放出後でも核が十分に成熟していない卵子を認めることがあります。紡錘体の形状で成熟度を判断し、十分な成熟を認めない場合は核成熟を待ってからICSIを施行することで正常受精率は向上します。
紡錘体位置の観察に加え、核の成熟度観察によって独自に授精のタイミングを調整し、1個の卵ごとに丁寧に対応することで、これまでのICSIでは活性化試薬等を使っても受精しなかったという方でもほとんどの方が正常受精卵を得られています。
十分に核成熟した卵
核成熟が不十分な卵
明視野(Fig3-1、Fig4-1)ではあまり違いがあるようには見えませんが、紡錘体を観察すると成熟度が大きく違うことが判ります。